第24話 レインボウ

「酒井さんとは明日の午前中までですね」
河村さんは俺の目じっとを見てそう言った。
話す時、相手の目をじっと見てから話すのが、
彼女の癖だった。
「...そうだね」
俺は、目をそらしてつぶやくように答えた。
照れくさかった。
俺は、またコピーに目を向けた。
「...淋しいです」
彼女は、俺の背中にぽつりと言葉を投げかけた。
文字どおり、淋しい言葉だった。
「うん、でもメール待ってるから。
あのアドレスなら大丈夫だから」
俺は、これでも精一杯彼女をなぐさめているつもりだったが、
自分の力不足を感じていた。
それが俺という男だった。
他のやつなら、きっともっと気の利いた事が言えただろう。 
もしも、俺に。
俺に気の利いた事を言える力量があったら。
俺に自分の感情をありのままにさらけ出せる素直さがあったら。
俺は...。
「ありがと。きっとメールします」
彼女はトイレに消えていった。
俺も、コピーが終わって3階へと戻った。
 
今日の河村さんは、やけに俺に話しかけてきた。
彼女の淋しさがそうさせているのだろうか。
また、あの時のように「いっちゃってる」のだろうか。
笑ったり。
泣いたり。
淋しかったり。
彼女の表情は多彩だ。
彼女は虹だった。
次はどんな色を見せてくれるのだろう。

俺と彼女は階段でまた一緒になった。
彼女は、もう帰り仕度をしていたし、
俺もそろそろ帰ろうとしていた。
「酒井さんももう帰られますか?」
河村さんが、俺のあとについて階段をのぼりながら、
そう聞いて来た。
「うん」
俺はうなずいた。
「一緒に駅まで行きましょう、あの道なんかやだし」
そう言えば、彼女は会社から駅までの道を、
嫌な道だと言っていた。
あの時、彼女はよく笑っていた。
今夜もあの時と同じ、暑い夜だった。
 
結局、俺がぐずぐずしていたため、
同じく残業していた東さんとも一緒に駅へ行く事になった。
東さんは歩くのが速く、俺と河村さんのちょっと先を歩いた。
歩くのが遅い河村さんは、あの時と同じように、
俺の左側をすぐあとについて歩いていた。
触れてしまいそうなくらいそばにいるのも、
あの時と同じだった。
「明日で最後かと思うと淋しいですね」
河村さんは、俺と東さんにそう言った。
「そうですね、わたしも河村さんがいなくなるのは淋しいです」
東さんは、後ろの河村さんを振り返ってそう答え、
また前を向いて歩き続けた。
「酒井さん、酒井さんもぜひうちのサイト、
荒らしに来てくださいね」
河村さんは、ころころと笑ってそういった。
そして、
「酒井さんだったらネットストーカー上等ですので!」
と、俺の左耳に顔を近付けて、そう言った。
...東さんが邪魔になってきた。
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