第20話 突然

 稲村くんだけがその事に気付いていた。
 稲村くんは、稲村 剛、30歳、DTPチームに所属している。
 俺より年上の後輩で、河村さんが入る1か月前に入社したばかりの新人だ。
 俺は、服装に気をつかうタイプではないし、どうしても地味な服ばかり着てしまうので、いつも年齢以上に見られるが、彼は俺とは逆で、いつも歳より若く見られてしまう、そんな服の好みだった。
 また、彼が小柄な方で、髪も長めなのもその要因に考えられる。
 俺が40近いおっさんに見られるなら、彼は大学生だ。
 そういや、河村さんや富家さんも歳より若く見られるらしい。
 その稲村くんだけがその事に気が付いていた。
 俺はチームもシマも違ったから、気がつかなかったし、河村さんはあの通り、精神的に追いつめられたり、事故にあったりと、それどころではなかった。
 最近、富家さんのようすがおかしかったらしいのだ。
 仕事中もぼんやりとして、まるきりやる気がなさそうだったとか。
 仕事していても、辛そうな顔をしていたとか。
 
 金曜日、その日はわりとヒマな日だった。
 それでも、電話をかける用事があり、会社に残っていたら、社長がデザイン部にやって来て、またみんなを召集して、長い話を始めた。
 新しく受注した仕事の事、その担当者の決定、今後の仕事の予定など。
 そして、その半分近く社長の過去の実績とやらも延々と聞かされ、みんなうんざりだった。
 しかも、このミーティングは定時を過ぎてから行なわれたので、定時で帰れる者も帰れなくなってしまった。
 俺も、電話をかける時間に電話をかけられなかった。
 そのミーティングが終わり、しばらくした頃。
 帰り支度をすませた富家さんが、DTPチームのチーフである藤原さんと話し込んでいた。
 あまり明るい話題ではなさそうだった。
 同じ頃、河村さんが仕事を切り上げ、帰ろうとしていた。
 「富家さん、もう帰ります?」
 河村さんが彼女に聞いた。
 富家さんは、河村さんにはいと返事すると、藤原さんに、
 「それでは短い間でしたが、お世話になりました」
 と、挨拶した。
 「え」
 河村さんは声をあげた。
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