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第18話 情熱
悲しかった。
俺だけが、いつもかやの外だった。
今回だってそうだ。
どうして、河村さんはあれほど思い詰めていたのに、俺には何も言わなかったのだろう。
藤原さんや富家さんや牧村さんには話しているのに。
俺という男は、彼女にとって、そんなに信用のないやつなんだろうか。
まあ、それも仕方ない。
彼女が苦しんでいる時、俺はあと一歩踏み出せず、何もせずにいた。
これが、俺の弱さの代償なのだろうか。
週が明けて月曜日、河村さんはやっと以前の彼女に戻った。
仕事はやはり納期間近で忙しかったけれど、彼女は目の前にあるものから、ひとつづつ仕事をこなしていった。
「酒井さん、酒井さんは1日で1億円使いきる自信ある?」
残業中、みんなで金遣いの話題になり、河村さんが使う時はパッと使ってしまうことから、この話題が出た。
「そうだなあ、家でも買えばなんとか。でも今、地価下がってるからだめかも。河村さんは?」
「とりあえず新しいMacを買うわ!」
「小さいな、Macかよ。それのどこが金遣い荒いんだ?」
「荒いよ、金にものを言わせるところあるし」
河村さんは、どうやら裕福な育ちのようだ。
「若者らしくないな。若者だったら情熱で押して、押して、押しまくれよ!」
情熱。
自分の口からそんな言葉が出るとは、自分でも全く驚きだった。
俺は、全てにおいて押しが弱い。
仕事でも押しが弱く、クライアントや印刷屋相手に押し切ったりつっぱねたりする事ができないし、小田さんの長電話を切る事もできない。
今日も、そのことで社長に怒鳴られ、
「仕事に役立つから、今度お前に女の口説き方教えてやる」
とまで言われてしまった。
恋愛でもそうだ。
いいなと思う女が自分の目の前に現れても、自分から動いて、声をかけることもできない。
「わたしは押しが弱いからだめだなあ」
彼女はよわよわしく笑った。
意外だ。
河村さんが押しが弱いとは。
いつも、同じ事を3回は言わないと理解しない牧村さんや、安請け合いして忘れがちな藤原さんにはけっこう強い物言いするのに。
そう言えば、最初あまり話さなかったし、俺とのあの仕事でコミュニケーションがうまくとれなかった事もあった。
彼女は俺が思うより照れ屋なのかも知れない。
翌朝、俺がいつものようにコンビニで時間をつぶしてから出社すると、デザイン部が騒がしかった。
牧村さんが、俺に近付いて来て言った。
「河村さん、ゆうべ帰りに交通事故にあったんだって」
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