第一話 粘る女


質屋の買い取りコーナーには、
さまざまな事情を抱えた客が訪れる。

せっかく用意したプレゼントを相手に受け取ってもらえなかった男、
客に貢がせた物を換金に来た水商売や風俗の女、
別れた恋人との思い出の品を売りに来た者、
買い物依存症で買った物の始末に来た者など。


彼女もそんな中の一人だった。

細身のメリハリがきいた体に、
薄いピンクの高そうなワンピース、
同じ色のきれいに塗られたマニキュア、
白の華奢で高いヒールの靴、
きっちりコテで巻いた栗色の髪、
こってりとしたメイク。

…水商売か風俗の女だろうか。

彼女は桜の頃の昼下がり、
なだれ込むようにして買い取りコーナーに入って来た。

「これ、買い取りお願いしますっ!」

彼女は銀の指輪とブランド品のハンドバッグひとつを、
カウンターにどんと乱雑に置いた。

「はい、いらっしゃいませ。お預かりいたします」

俺は白い手袋をはめた手を伸ばし、
バッグと指輪を彼女と俺を隔てる分厚い透明な仕切りの内側へと引き寄せた。

俺は南 勝彦、三十歳。
都内のとある繁華街にある大手の質屋に勤めている。

彼女が持ち込んだ指輪もバッグも、
うちの店ではとても買い取りたくないようなひどい品物だった。
どちらも傷が多く、汚れており、そして古い。
きっとどこの店でも買い取りたくはないだろう。

「それ、マコト…あ、別れた男ね、
が、くれた物なんだけど、もういらないから」

聞いてもいないのに彼女は指輪とバックについて説明した。
俺はやんわりと買い取りを断った。

「ええーっ、そこをなんとかお願いしますよぉー」

彼女は粘った。
まあよくある事だ。
しかし。

「二つ合わせて一万円で!」

一万円!
とんでもない。
一万円どころか一円でだって買い取りたくない。
「そこをなんとか!頼みますよー」
「そう言われましても、お客様…」
俺と彼女の間でそんなやりとりが幾度となく繰り返された。


このままでは埒があかないので、俺は店長に相談する事にした。
しかし、店長を交えても彼女の粘りは続いた。
「そこをなんとか」、「頼みますよ」、「お願いします」の連続である。
しつこい女だ。
買い物で値切りに値切る大阪のおばちゃんといい勝負だろう。

彼女の粘りがうちの店での最長記録に達しようとした頃、
こちらが折れに折れて、なんとか三百円で交渉が成立した。

「ありがとうございました」

彼女が買い取りコーナーを去ると同時に、
俺の体から力がどっと抜けた。
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