第15話 どんな顔

 俺のどこがおもしろいのだろう。
 むしろ、つまらない男だと思うのだが。
 気の利いた事が言えないばかりでなく、いつも言葉が
足りず、思っている事の半分も言えない。
 人付き合いも下手で、そっけないくらいだ。
 服装にもあまりこだわらないから、見た目にもおもし
ろいとは言えない。
 もしかしたら、あまりのつまらなさが、かえってギャ
グになっているのではないのだろうか。
 “Adorer”...。
 河村さんのことだ。
 きっと、冗談でつけたものに違いない。
 深い意味なんてない。
 彼女だって、そう書いていたではないか。
 俺は、そんなことを並べてみたものの、それでもやっ
ぱり悪い気はしなかった。
 正直、嬉しかった。
 
 その次の日、残業した帰りにたまたま、河村さん、富
家さん、藤原さんと一緒になった。
 藤原さんは、会社の近所に住んでいて、すぐに俺たち
と別れる事になった。
 彼は今歩いている道をまっすぐ、俺たちは脇道へ入っ
ていって、小学校の横を通り、駅へ向かう。
 彼との別れ際、河村さんは、
 「じゃあ、“Wisteria”さん、メール書きますね」
 と、言った。
 「“Wisteria”って...?」
 俺は彼女に聞いてみた。
 「“ウィステリア”...藤の花。“藤原”だから。ちな
みに、富家さんは“リッチハウス”、“富家”の直訳っ
てことで」
 彼らには、そんなつながりもあったのか。
 河村さんには、藤原さんと個人的なメールのやりとり
もあるのか。
 ふたりの間にどんなやりとりがあるのか、ちょっと気
になった。
 富家さんの「リッチハウス」はともかく、藤原さんの
「ウィステリア」...。
 藤の花か。
 きれいな名前で、ちょっとむかついた。
 俺は、彼女にどうして、俺に“Adorer”とつけたのか
聞きたくなった。
 でも、富家さんもいたし、そんな事聞けなくて、
 「俺は“リカーウェル”より、“ライスワインウェ
ル”だろうな。酒井の“酒”はたぶん日本酒だろうか
ら」
 と、どうでもいい事を言ってはぐらかしてしまった。
 
 俺と、河村さんと、富家さんは、暗い夜道を3人並んで
歩いていた。
 富家さんは、俺の右側をちょっと離れて歩いていた
が、河村さんは歩くのが遅いらしく、俺のうしろにつく
のがやっとという感じだった。
 小さな公園の前の、短い坂をのぼると、小学校の給食
室の横に出た。
 住宅地でありながらも、学校のそばであったため、通
行人は俺たち3人だけだった。
 「...この道、暗くて嫌ですねえ」
 河村さんが、俺の左耳のすぐ後ろで言った。
 彼女は、触れそうなくらい、そばにいた。
 「まあ、女のひとり歩きには向いていないよな」
 俺は、ちょっと笑った。
 「学校のそばってのが、痴漢とか出そうでさらに嫌で
すねえ」
 富家さんが笑いながら、道路の右端から言った。
 今、ここに、富家さんがいて良かった。
 今、ここに、俺と河村さんのふたりだけだったら。
 俺は。
 彼女は。
 どんな顔を見せたのだろう。
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