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第13話 笑いのツボ
次の日の夕方、納期の近い仕事があって、残業していると、牧村さんのサイトの話題が出て来た。
牧村さんのサイトの存在は、社内でも有名だったが、具体的なURLなどは意外に知られていなかった。
彼自身、遊びでちょっと作ってみたものの、その後全く更新されていないと言う。
今回、その話題が出た事で、彼のサイトの所在が明らかになった。
すると、鮎川さんが、
「じゃあ、さっそく荒らしに行くか」
と、冗談を言った。
彼女は、この会社にくる前、IT関連の会社にいたから、こういう事には強い。
「わたしも荒らしにいきますよ、覚悟しといてくださいね」
河村さんも、その話に乗った。
彼女もサイトを運営している。
以前、富家さんと彼女の会話で、彼女のサイトは、けっこうなアクセス数があり、管理もきちんとされているらしいことを聞いている。
河村さんは、机の引き出しにしまってある、プライベート用の名刺を引っ張り出し、その裏に何かをボールペンで書き込んでいた。
そして、それが書き終わると、
「そういや鮎川さんにまだ教えていませんでしたが、これうちのサイトのURLです。よかったら鮎川さんも荒らしに」
と、鮎川さんにそれを手渡した。
そして、また同じように名刺のうらに書いて、今度は富家さんにそれを手渡した。
「富家さんも」
「あれ、前にもらったじゃん」
「そうだっけ?じゃあ酒井さん。」
俺にそれが回って来た。
「新川かおりって名前でサイトやってるんで、酒井さんも掲示板にカキコする時は、ぜひハンドルを」
「へえ...ありがとう。」
俺は、それを受け取って、机の上に置いているかばんの中にしまった。
そういや、最近河村さん変わった。
やはりあの仕事の事を気にしてるんだろうか。
あれ以来、ぽつぽつと、俺に話しかけはじめて、今では事あるごとに俺に話しかけ、俺を頼ってくる。
彼女なりに歩み寄っているつもりらしい。
このごろ、「笑いのツボ」という言葉が職場でよく出る。
河村さんの口からよく出るので、彼女が発祥かと思ったら、富家さんが発祥とのことだった。
何でも、俺が休んでいる間、食事会があり、そこで富家さんが発したのが始まりらしい。
富家さんの笑いのツボは、河村さん、藤原さん、牧村さん、稲村くんだそうだ。
河村さんの笑いのツボは、富家さんと藤原さんのコンビと、牧村さんらしい。
稲村くんは、謎の人らしいが、そのわりによく話して笑っていた。
彼らが急に仲良くなっていたのは、彼らに笑いのツボというつながりがあったからだった。
のけ者の俺は、ひとり淋しく仕事を続けていた。
クライアントに加工した写真を見てもらうための発送準備だ。
すると、その写真を見た河村さんが、
「酒井さん、何ですかこの写真」
と、声をかけて来た。
写真には、おっさん達が4人写っていた。
「...誰が一番早く死ぬかって写真だよ」
俺は、ぼそりとつぶやくように答えた。
すると、河村さんはぷっと吹き出した。
俺、今のは皮肉のつもりだったんだけど。
彼女は、本格的に笑い出した。
昨日は大泣きしていたのに、今日は大笑いしている。
わからない人だ。
「河村さん。酒井さん、“笑いのツボ”でしょ?」
その様子を見ていた矢田さんが彼女に言った。
河村さんは、一瞬笑うのを止めた。
でも、また笑って、
「そうですね!」
と、言った。
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